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残像を追いかけて

「間もなく新宿に到着します。JR線、京王線、地下鉄線はお乗換えです。毎度小田急線をご利用くださいましてありがとうございました」

 このアナウンスのあと、間もなくして電車はホームに滑り込んだ。そして大勢の人が降りてゆく。むろん、僕−中山源太(なかやまげんた)もその中の1人で、その大勢の人達と同じように改札に向かう。

「ちょっと早く来すぎたかな?」

 いつもズボンのポケットに忍ばせている懐中時計の針は17時30分を指していた。同窓会の集合時間は18時で、まだ30分の時間がある。
 それでも僕は改札を抜け、左に歩いて外に出た。その瞬間だった。いきなり声をかけられたのだ。

「あれ?中山…源太くん?」

「はい?」

「来てくれたんだ〜。ねえ、私、覚えてる?」

 僕はその質問には答えなかった。なぜなら、誰だか思い出せなかったからだ。

「私、花恵、吉村花恵(よしむらはなえ)よ」

「吉村さん?」

「そう!」

 彼女は目を輝かせていた。

「へえ〜、来ないかと思ってた。だってずっと来なかったもんね、中山くん」

 そう、僕たちは中学の同級生なのだが、これまで3回あった同窓会には、僕は一切顔を出さなかったのだ。というのは小学校のときから中学にかけてずっといじめられていて、はっきりいってその時代にはいい思い出などひとつもない。そんな中同窓会に参加するなんて思ってもみなかったのだ。だから今日会うのは10年ぶりとなる。

「どう?あれから元気?」

 吉村はさらに問い掛ける。

「うん、どうにかね。吉村さんは?」

「う〜ん、ちょっと落ち込み気味だったけど、今は平気」

「落ち込み気味?どうかしたの?」

「うん、ちょっとね。でも久しぶりに中山くんに会ったから大丈夫かな」

「そっか〜大変なんだね」

 このとき僕は何か引っかかるものが頭をよぎったが、それ以上は何も考えなかった。吉村はさらに話を続ける。

「でもほんと珍しいよね。中山くんが同窓会に来るなんて。何かあったの?」

「いや、珍しくみんなの顔をみたいと思ってね。あれから10年経ったし」

 あれから、とは中学校の卒業のときから、である。

「もしかして福島くんのこと?」

 福島くん―福島宏(ふくしまひろし)というのは中学3年間、ほとんど学校に来なかったのだが、いろいろとあってクラスと福島との連絡役を勤めたのが僕だった。そして、その連絡役の最後となった卒業文集の原稿に、およそこれまでの中学生では書かなかったような一文があったのだ。

(今、喧嘩をして10年後に再会したとする。だけど10年後は喧嘩をしない。なぜなら楽しい思い出だけではなく、嫌な思い出までもが楽しかった思い出と変わるからである。)

 この言葉は僕の胸にズキッと刺さった。このときの彼の想いはわからなかったが、これまでの付き合いの中でこれほどのことを考えているとは思ってもみなかったのだ。
 そしてあれから10年経った今、そのときの彼の言葉の意味をようやくつかみかけてきたのである。

 

「どうしたの?ぼけっとしちゃって」

 吉村が顔を覗かせる。

「あ、ごめん、ちょっと考え事をしちゃって…」

「そうだよね。私こそごめんね、なんか嫌なことを思い出させちゃったみたいで…」

「え?あ、大丈夫。でもちょっと心配かな」

 僕が暗い表情になっていると、吉村は明るく笑った。

「大丈夫よ、福島くんの想いはみんなにも届いてるって。ねえ、あれ見て?」

 吉村の指差す方向を見ると、同じクラスだった何人かがこちらに向かって歩いてきていた。

「おう、中山じゃないか。久しぶりだな、元気だったか?」

 声をかけたのは当時さんざん僕をいじめていた坂元和也(さかもとかずや)だった。

「ああ、元気だよ」

 僕は坂元の言葉に答えつつも、横目で明るく笑っている吉村の顔を見ていた。

(終わり)