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サークルというもの

 皆さんは、「サークル」というと、どんな感じを受けるのだろうか? 私はあるサークルの会長として活動するようになって6年目にはいったのだが、ここにきて、自分が楽しめなくなる、ということがおきるようになった。
 3年ほど前、そのサークルで京都に旅行に行ったときのこと。帰宅途中、米原から新幹線を利用することになっていて、その乗り継ぎのために、30分近く時間があった。このとき、私を除く他のメンバーが、荷物を置いてすぐどこかへ行ってしまったのだ。そして結局最後まで私が荷物番をすることになった。そのとき私は「会員が楽しいと思うのであれば、私は会長として黒子に徹しなければならない」と悟ったのである。以来私は、そのサークルの例会において控えめな態度をとるようになり、結果的に趣味全体が楽しめなくなってしまったというわけ。
 話は変わって、2年前の3月に、当時交流していたサークルでミーティングがあり、そのとき4つの話をみんなの前でしたことがある。それは(1)大人と子供の区別(2)規則を作る意義(3)思いやりについて(4)「普通」とは何か、である。
 (1)は、「それは子供っぽいからやめろ」という人がいて、その人に対して「法律的に区別がされてないのに、それを言うのはどういうことか」、(2)の意義というのは「みんながマナーをきちんと守ってくれれば、規則なんて必要ない。守ってくれない人がいるから規則を作らなければならないのだ」ということ。(3)の思いやりとは、お互い相手のことを気遣って活動していけば、トラブルの大半は防げるもの、(4)は、「よく「普通は」とか言うけれども、それはそれぞれ人によって違うものだから、そんな簡単に口にしないでほしい」ということだった。
 特に(3)の思いやりは、サークル活動をしていくうえで極めて重要なものだと思う。特定の人に負担が偏らず、みんなが楽しめるようにするためには、人間一人ひとりが相手のことを思いやる心がなければできないことだと思うわけだ。
 私の場合は、会員自体が付き合いが長いこともあり、その辺りのことがおろそかになっていたのではないかと思うことがある。特定の人に負担が偏らないように、担当者などを決めて活動しているのだが、それも効果があがらなければ意味のないこと。担当者を決めたことによって、ある程度の作業の分担が進んで、その効果はあがってはいるが、トラブルを積極的にみんなで解決しようとする動きが鈍かったような気がしする。これも、みんなの思いやりがあれば、ほとんどがスムーズに解決できると思うのだ。
 すべての活動はみんなの思いやりから、だと本当に思う。