QUEST 原作・きょうたる氏 ここは東京の池袋。クエスト探偵事務所を作り3年目。客の入りはあまりない。時々、同業者からの野暮用みたいな仕事をしているのが現状だ。窓のブラインドを指で広げて空を見ると、廃棄ガスで染まった雨が降ってきた。今日はこれで帰ろうと思い、書類を整理し始めようと思ったとき、澄んだ靴音を室内に響かせ、ドアがノックされた。 「入ってます」 所長の河井良一(かわいりょういち)がそう言う前に、所員である沢田和樹(さわだかずき)がドアを開けた。 「どうぞこちらへ」 沢田はそう言いながら客の本田綾香(ほんだあやか)を事務所のソファーに座らせた。 「え〜っと、まずお名前は?」 「本田と申します」 「そして、どのようなご用件で…?」 「私の妹が…さらわれてしまったんです」 「ほう、ほう」 副所長の大久保利幸(おおくぼとしゆき)が身を乗り出して聞いてくる。 「妹さんは、どこでさらわれたんですか?」 「東京の新宿で、バスを待っていた時です」 「新宿といったら、今回のようなのが多いんですよね。ちょっとチャネリングで探してみましょう」 沢田は、三角錐のガラスに糸をつけ、東京の地図の上で、チャネリングを始めた。そして…。 「え〜っと、出るには出たのですが…」 沢田はそういって首を傾げた。 「どうした?何か変なのか?」 河井が答えを促すと、沢田はいかにも不思議そうな声で答えた。 「チャネリングで出た答えが、東京湾なんです」 「何ですって!?」 本田はそういうと口をつぐんだ。 「場合によっては、ということがあるので、3時間後くらいにまたやってみましょう」 だが、時間をおいて繰り返しチャネリングを行うにつれて、みんなの顔が硬直し出すのであった。 「所長、ラインが読めました」 沢田が電話の受話器を置きながら叫んだ。 「香港です」 「何故分かった」 「同時刻に同ラインを通過するのを、飛行機会社へ問い合わせまして」 「何故妹が香港なんかに…」 本田は再び口をつぐんだ。 「それを推理するのが私たち探偵事務所の仕事なんですよ。後は任せてください」 大久保がそういうと、本田は 「宜しくお願いします」 といって、目に涙を浮かべながら、事務所を出ていった。 「何故香港なんだろう。もっと他の場所があるだろうし…」 河井が首を傾げていると、近藤麻美(こんどうあさみ)が答えた。 「あれ?所長は知らないんですか? 香港に誘拐犯のアジトがあるっていうの。アメリカ人、イギリス人、日本人などを誘拐したら、香港のアジトに送られるのですが、他国だから手の付けようがなくって、結局野放しみたいになっているんです」 それを聞いた河井は、沢田にアジトの場所をチャネリングで調べさせるとともに、大久保に香港までの航空券を4枚とっておくように指示した。そうしているうちに、事務所の電話が鳴る。 「はい、クエスト探偵事務所です」 「お前らの知っている人質は預かっている。返してほしくば2億円用意しろ。また電話する」 相手はそれだけを言うと、一方的に電話を切った。 「所長、脅迫の電話がかかってきました」 「何〜、何千万要求された?」 「2億円です」 「まいった、俺5000円しかないよ」と大久保。 「新聞紙を切って2億円作るか、それとも本気で用意するか」 「要求をのまない!! だってもったいないもん」 これは河井。 「じゃ〜どうするんですか?」 「そんなの決まってるジャ〜ン!!」 「あくまでも、要求をのまないで人質をさらう」 「失敗したらどうするんですか?」 そんなやり取りをしているうちに、また事務所の電話が鳴った。 「はい、クエスト探偵事務所です。はい、少々お待ちください。…所長〜!!、本田様から電話です」 「何か本田さんに連絡があったかな」 「恐らくそうでしょう」 近藤の手から河井へと受話器が渡る。 「もしもし…」 「先程、妹から電話がありまして…」 「そうですか、それで何か音など聞こえましたか?」 「靴音がして、爆音みたいなのがして、電話が切れまして…」 「そうですか…、わかりました」 河井はそういうと電話を切った。 「生きてるみたいだな」 「爆音がするのは飛行機のライン下で空港に近いところ、そして靴音がするというのはコンクリートが出ている場所や部屋、昔で考えると九龍城だと考えるのですが、今はないんですよね」 「香港のチャネリングはどうした?」 「香港の空港までは追いましたが、その後の追跡が出来ませんでした」 沢田がそう答えると、大久保が頭を抱え込んだ。 「そうか、まいったな」 「恐らく香港まで行けば、チャネラ能力を発揮できると思います」 「香港行きのチケットが取れました」 静まり返った事務所の中を、近藤の声が響く。 「用意をして、事務所に午後3時に集合しよう」 「わ〜い遠足だ〜!嬉しいな〜!」 「先生〜!」 「何だ」 「バナナはおやつに入りますか〜」 「そりゃあ勿論だ。500円以内だぞって、お〜い話が違う」 クエスト探偵事務所の所員たちは午後3時に集合し、一路成田空港へと向かう。きれいな夕日が電車の窓を照らし、プリズムの原理でオヤジのハゲ頭を照らす。思わず吹き出してしまいそうな光景だ。 「成田に着く前から変な感じがするんだよな〜」 沢田がふとそういった。 「何がだ」 「そういえば、後ろから歩いてくる人がいます」 「ちょっと走ってみましょうか」 「だな〜」 大久保がそういうと、皆は一斉に走り出した。しかし、同時に追手も走り出す。 「やっぱり追ってきますね」 「も〜やだ。バックレちゃうぞ〜。皆バラバラになれ〜!!」 「おう」 そういって皆はバラバラになった。追手は足がもつれたらしく、すっ転んで、沢田が後ろを振り向いたときは、鼻から血を出して嗚咽していたらしい。そして皆は息を切らしながら集合した。 「ひや〜疲れるわ〜」 「さてと、ゲートをくぐるかな」 だが、ゲートをくぐろうとした一行は、空港警察の巡査、太田宏和(おおたひろかず)にその手をはばかれた。 「ちょっと待ちなさい」 「うお〜う、なんだなんだ」 「私、空港警察の太田と申しますが、ちょっといいですか?」 「はぁ?」 「単刀直入に申しますが、本田様が誘拐されました」 太田の突然の言葉に、皆は思わず叫んでしまった。 「何ですって〜」 「池袋のスイングビルの前で、強制的に車に乗せられるのを見た人がいたそうです」 「スイングビルといったら…事務所のあるビルじゃなかった?」 「そうだ!!」 「だけど何故警察の人が知ってるわけ〜」 「私が連絡を取った。海外まで行くと事務所への連絡が取れないだろ。そして少しでもバックについていたほうがいいと思い、警察を呼んだ。沢田のチャネリングを信じてな」 「そりゃいい考えですね」 「宜しくお願いします。私は探偵事務所に行って待機してますから」 太田はそういって、池袋の探偵事務所に向かった。 「なんかあの人…ボケ〜っとしてますね」 「昔うちの事務所にいて、仕事がなくて辞めていったんだ。机に向かって"ボ〜"としていた男だったからな」 「じゃあ行きますか!!」 「香港へGO!!」 一行は、ようやくゲートをくぐって、飛行機へと乗り込もうとしていた。 「本田さんが誘拐されたか〜」 「連絡を取りようがないですね」 「いや、その点は大丈夫だ」 「大丈夫って?」 「本田さんの家には警察が張り込んでいて、逆探知を使用しているからな。電話が入ったときは、この携帯電話に連絡が入る」 「事務所に連絡があったときは?」 「事務所から携帯電話へ自動で回される。しかし3日以内だ」 「3日以内って??」 「何と3日で電話が切れるのだ。通話料金を払うのを忘れたからな」 河井は、こんな大事なことを、いとも簡単に、しかも堂々と言った。 「何と!!」 「じゃあ太田巡査に入金してもらったら?」 「それがいいね〜、じゃ〜電話してみよう」 おもむろに携帯電話を取り出し、事務所に電話をかける沢田であった。 「あっ、もしもし」 「クエスト探偵事務所でございます」 「太田さん?」 「あっ今のところ、事務所に異常ございません!!」 「それでね、ちょっと野暮用をお願いしたいんだけど〜」 「はい?何でしょう?」 「ちょっと大久保さんと代わります」 「はぁ??」 「え〜っとですね、野暮用なんだけど、電話料金を払ってもらいたいんだ」 「へ…??」 「電話料金を払ってもらいたいの〜」 「わかりました」 「伝票は私の机の右上にあるからお願いね〜」 「わかりました」 そういって大久保は電話を切った。 「OKだってさぁ」 「良かったですね〜」 一行の乗った飛行機は、空へ飛び立つ。きれいな街灯が小さく見え、空には星が広がっていた。沢田は星空を見ながら、自分のチャネラ能力の無さを実感するのだった。そして香港へ到着する。 「いや〜、やっと着いたぞ〜」 「じゃあ、沢田さん、チャネリングをやりますか」 「そうだな、ひとまず空港のロビーまで出よう」 「え〜っと、近藤、何か感じない? 寒いとか…」 「別に感じませんけど…」 「じゃぁOKだ。ここでチャネリングを行おう」 沢田は空港のロビーの床に香港の地図を広げて、チャネリングを始めようとしている。皆が息を呑みつつ地図を見つめ、通りすぎる人々を気にしなかった。そして30分後、答えが出ようとしている。 「ここから東へ126q行った村ですね。そこに誘拐犯のアジトがあります。しかし、そこには本田さんの妹はいないようです」 「えっ??いない!?」 「はい、そこの村から20q離れたところの小屋にいるようですね」 「う〜む、厄介なことになったぞ」 大久保はそういうと考え込んでしまった。 「何が厄介なんですか?」 「場所が2ヵ所になると意外と大変なんだ。向こうに連絡がいかなきゃいいが…」 「ひとまず誘拐犯のアジトに行こう。そこへ行かないと始まらないからな」 そういって誘拐犯のアジトに行こうとしたとき、沢田の携帯電話が鳴った。 「はい」 「あっすいません。太田です。事務所にFAXが送られてきたのですが…」 「じゃ〜転送してください」 「わかりました。少々お待ちください」 そして転送されたFAXを見て、河井が呟いた。 「なんだこりゃ…」 「なになに〜?『ご苦労様です。今回のクエストは楽しかったでしょうか? 日本であなたがたの帰りを待っています』だって」 「え〜っ! どういうこと?」 近藤が叫んだ。 「それで…『今回のクエストは冗談です。お土産忘れないでね。河井』」 「河井って、所長の名前じゃないですか?」 「俺はこんなこと書かないぞ」 「お土産ってなんだろうね?」 「もしかして、お土産を買ってきてもらうために、こんなことやらせるわけ〜? だって2億円の身代金があるんですよね?」 「俺はなぁ、1人あたま、ビジネスクラス片道10万4千円、合計83万2千円も払ってるんだぞ〜。あ〜っ、この先、立ち食いのプロにでもなるしかない〜」 「お〜っ、私はどうすればいいんだ〜」 皆口々に思いを叫ぶ。 「どうすればいいんだ〜とか言ったって始まらないので…帰りましょう」 「いや、ひとつやらなきゃいけないことがある!!」 河井が突然叫んだ。 「何でしょう?」 「お土産を買わないといけない!あと101をね〜」 「101は誰へのお土産なんですか?」 「ウチの猫が円形脱毛症でね、かわいそうだから101をぶっかけるのだ。それと近くの犬が毛玉がすごくて、毛を刈ったの。それにもぶっかけようと思ってねぇ」 「な〜んだ、所長が使うのかと思った」 「ばっばかな事を言うんじゃないょ」 「何所長は赤面してるんですか〜」 「なんだ〜、皆グルになって…。やだなぁもう冗談じゃないょ」 「そんなギャグは止めて、お土産を買って帰りましょう」 クエスト探偵事務所の一行は、まるで旅行にでも来たみたいに買い物をしていた。そして一行の乗った飛行機は香港を飛び立つ。もう一つのクエストを残したままで…。 「いや〜、やっと日本に着いたぞ〜…あれ?やり残したことがあったような気がしたけどな」 「え〜っと?何かありましたっけ?」 「あっそうだよ。本田さんがさらわれたままです」 「お〜っ、忘れていた。急いで事務所に戻ろう」 クエスト探偵事務所に着いた一行は、テレビを見て気付く。今回のクエストは大きなものだったのを…。 「本田さんが殺されたって〜?」 「そうみたいだな」 皆が驚いてテレビを見ていると、事務所の電話が鳴った。 「はい、クエスト探偵事務所です」 「すいません、太田ですが、沢田さんはいます?」 「少々お待ちください。…沢田さ〜ん、おでんわ〜」 「もすもす〜」 「太田です。どうも」 「なんでっしゃろ」 「本田さんを殺したのは、佐久間春樹(さくまはるき)という人物が上がりましてね。妹のほうも同一人物であろうと思うのですが…」 「そうですか」 「それでですね。チャネリングをお願いしたいんですよ」 「えっ、ちょっと…」 「無理ですかぁ…わかりました」 「すいません」 沢田は恐縮しながら電話を切った。 「本田さんを殺したのは、佐久間という人物らしいですね」 「佐久間だって…」 大久保が呟く。 「佐久間といったら、狙った獲物は絶対逃さないという、プロの殺し屋じゃないですかあ」 「仕方が無い、今回のクエストから手を引こう。そして事務所を解散する」 河井が残念そうに言った。そしてクエスト探偵事務所はこの日を最後に解散し、皆、それぞれの道へと進んでいくのであった。 (終わり) |